福祉作文大賞受賞作品

小学生の部 大賞

『わたしにもできること』  塩屋小学校四年 北川 芽依

 みなさんはヘアドネーションを知っていますか。わたしは去年、お母さんにすすめられて、妹といっしょに伸ばしていたかみの毛を初めて、だれかのために役立ててもらうために切りました。

 ヘアドネーションは病気やケガでかみの毛がなくなった人に、人のかみの毛で作った医りょう用のかつらで、少しでもえ顔を取りもどしてもらえるようにする活動です。

 この活動にお金は必要ありません。でも、作った毛ではなく、全部、人のかみの毛で作るので、ひとつのかつらを作るのに二、三十人分のかみの毛が必要です。かみの毛の長さも一回に三十一センチメートル以上必要です。

 わたしはお母さんにヘアドネーションのことを教えてもらったとき、自分にもできることがあるのだと知り、やってみようと思いました。かみの毛が伸びるまでの間、病気やケガで困っている人のことを考えることができました。つらくても病気とたたかっている人たちの助けになるように、かみの毛を大事に洗いました。自分でかみの毛を切って送ることもできますが、わたしは、美容院で切ってもらうことにしました。

 美容院に行くとき、車でお父さんに乗せて行ってもらいましたが、お父さんも病気やケガで困っている人のことについて考えたと言っていました。かみの毛を切ることは、とてもかんたんでいつもと同じことなのに、妹といっしょにかみの毛を切ってもらっているとき、とても心があたたかい気持ちになりました。ヘアドネーションをすることがすごいことではなく、人の気持ちを考えることが大切だと思いました。

 そしてもう一つ、とてもうれしかったことがありました。わたしと妹がヘアドネーションをしたことを知った、お母さんの友達と妹のようち園の先生もヘアドネーションをしました。

 わたしにできることはかみの毛を大事に伸ばして切るという小さなことですが、自分がすることで人のわをつなげることができました。そして、病気やケガで困っている人の気持ちを考えることのできる人がふえて、人を助けることにつながると思います。わたしは今も妹といっしょにかみの毛を伸ばしています。また、き会があればヘアドネーションをしたいと思います。

中学生の部 大賞

『見えていることだけじゃない』  赤穂中学校二年 松﨑 碧羽

 僕は、小学生の時に、視覚障がい者を体験するハンディキャップ学習を受けました。それは、目の見えない方とサポートする方の両方の立場を体験するものです。アイマスクをして、パートナーの声だけを頼りに歩くという単純な内容でしたが、実際にやってみるとかなり怖かった事を覚えています。普段、何気なく見ている風景を想像しながら、何かにぶつかるんじゃないか…という不安な感覚が長く続いて、かなりのストレスを感じました。

 また、サポート役に交代した時も、言葉で説明しながら、周囲の状況を相手に伝えるというのは、小学生だった自分にとってすごく難しかったです。

 そんな体験をして、数年経った今年の春のことでした。

 テレビでピン芸人日本一を決める「R1-グランプリ2018」を見ていたら、白い杖を手にした芸人が、舞台に立って漫才を始めたのです。

 その芸人の名前は、「濱田祐太郎」さんという人でした。濱田さんは、神戸市出身の二八歳。三万人に一人の割合で発症する先天性緑内障という病気で、生まれつき盲目であったようです。もちろん、R-1グランプリに目の見えない芸人が出るのは初めてのことだと思います。

 しかし、テレビを見て最初に思ったことは、障がい者の人が舞台に立ってネタを始めると、「どんな空気になるんだろう?」とか、「本当に笑ってしまっても良いのか?」というものばかりでした。

 そんな中、盲学校時代のエピソードを笑いに変えて、「視覚障がい者あるある」「盲学校あるある」ネタを披露しだしました。

 これは笑える、めっちゃ面白い!

 目の見えている僕達には想像できない感じ方をしている濱田さんは、盲目の方々にしか分からない世界について、明るくネタを通して教えてくれているみたいでした。

 目の見える情報だけで物事を判断してしまう僕達とは全く異なる感覚でした。

 その後、見事R-1グランプリのチャンピオンになった濱田さんは、ある雑誌の対談で「障がい者をネタにした笑いはタブー視されがちだが?」という質問に対して「受け取る人によってとらえ方は違うと思いますが、僕は別にタブーと思ったことはない。両方の意見があって当然なので。」

 また別の質問では「他の障がいを持った方を勇気づけたい思いはあるか?」との問いに、「特にないですけどね。そう思われがちなんですよ。お笑いを通じて障がい者への偏見を無くすため、勇気づけるためにやってるのではと…。僕のネタを見て勇気づけられるのであれば、障がいがあっても無くても変わらない。」

 僕は、テレビをつけた時の思いが恥ずかしくなってきました。

 あの時思った事は、障がい者を見かけだけで判断していたのでした。

 目が見えないことは「不便」で「かわいそう」などと、勝手に決めつけていた事が失礼だったし、それぞれ障がいに応じて僕たちには分からない世界もあるんだなと感じました。

 僕たちの〝障がい者〟という思いとは違い、「普通の人間ですよ」「君達と変わらないでしょ?」という感覚は心もバリアフリーなんだと思いました。

 濱田さんは以前、街中で声をかけられてサポートしてくれた若い女性が印象に残っていると言っていました。

『「知らない人に声をかけるのは怖くないですか?」と聞いたら、「私の友達で困っている方を助ける人がいて、私もそうなりたいと思いました」と答えが返ってきたんです。すごくいいなと思いました』

 僕もこのひと声が何気なくかけられる様、これから、自分の中の思い込みや決めつけを無くしていき、人権問題を正しく理解できるよう学んでいきたいと思いました。

高校生以上の部 大賞

『近くにあったこと』  赤穂高等学校二年 山田 彩依

「ボランティア参加せえへん?」

 クラスの担任の先生から言われた言葉。その言葉に返事するのには時間がかかりました。でも、今では私の素敵な体験になっています。

 私が中学二年生の時に、地元の老人ホームへ初めてのボランティアに参加しました。人数合わせの為に集められ、「予定もないし行ってみるか。」くらいの気持ちでした。いざ参加してみると、五、六人のお年寄りに、私一人が入ることになり、私は不安でいっぱいでした。急に、自分に出来るんかな?何話せばえんやろ。という思いになり、軽い気持ちで参加したことが恥ずかしくなりました。

 音楽部の演奏を終えた後、グループで話をしたり体操をしました。私は緊張でガチガチでしたが、一人のおばあちゃんが私によく話かけてくれました。それがフミさんです。

 フミさんは、「名前は?期末考査は終わったの?」と聞いて下さって、「私はね…。」とたくさんの話を聞かせてくれました。それは今まで感じたことのない楽しさでした。友達と話をしていても感じられない気持ち。でもなんだか楽しいなという思いでした。

 フミさんだけでなく、周りの方々皆が一緒になって、遊んだり話をしたりしているのを見て、私は自分達みたいだなと思いました。老人ホームにいる人だから…という言葉はきっと間違いだったんだと。私達と同じで、話を聞いてもらうと嬉しいし、地域の人と話をすれば「なるほど!」って思うこともあるんだと。

 ボランティアの終わる時間が近づき、お別れのあいさつをしていると、

「今日はありがとうね。若い子と話せてうれしかったよ」

と、言ってもらえ、喜んでもらえて良かったなぁ…。もっと話したかったなぁ…。と思えるようになっていました。

 ボランティアに参加し、今まで考えたこともなかった老人ホームという場所が大きな役割を果たしていることや、私達にも必要となるお年寄りとの交流の場。大切なことはすぐ近くにあったのに、いつの間にか知らない振りをして、「私には関係のないもの」として、捉えてしまっていた自分がとても恥ずかしく思えました。それと同時に私の中に〝人の役に立つ事ってすごい〟という言葉が生まれました。

 活動中の私はどこかぎこちないけど、でも、体操の仕方を一緒にやって教えてあげたり、手が届きにくそうだと手をスッと出すことができて〝自分すごいやん!〟って思ってしまいました。自己満足だけど、小さい事だけど、きっとこれが、私を成長させる材料になるんだと思います。

 今まで無縁だと思っていたボランティア。でも、それは参加した人しか分からない達成感・責任感でいっぱいの、大変な仕事でした。この体験を機に私はその後、老人ホーム訪問ボランティアや、地域・駅前の清掃ボランティアに参加しました。まだまだ、私には学ぶ事だらけだけど、高校生の今のうちに、たくさんの事を経験していき、将来の夢を考える材料にしていきたいと思いました。

 最後にフミさん。素敵な体験をさせていただいて、ありがとうございました。また、素敵な笑顔を見せて下さいね。